2009年06月26日

笑顔でいること

日々波のように、一つの課題が解決したところ、また次の難問が波のようにやってくる。
日浅さんが優しく慰めてくれる、「難問があってのほうがいい、だって、解決した時喜びも大きいでしょ?」
あ~素直にそう思いたいけど・・・
この頃、事務局のなかでは、「今日はよく頑張った」が帰る前の合い言葉。「今日はメッチャ疲れた」と言ったら余計に疲れるだけ、その通りだ
でも、基本的に自分のなかでは、人間は人間らしいの行いをすればいい、あとは何があっても、誰が何を言うと笑っていよう、笑顔のない人生なんてつまらないすぎる
明日は第8回国際理解講座ワールドフレンドを柑子袋まちづくりセンターで開催します。フランス共和国のマルティニーク島をテーマとして、約30名位の子ども達に紹介する。フランス出身のゲストは民族楽器や、伝統のオマジナイなどを用意していただいている様で、スタッフのみなさんもわくわくしています。
ドキドキ、わくわくをつくるのが大事だね。



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2009年06月23日

僕の生まれた故郷を家族に見せてあげたい

交流会の二つ目のスピーチを紹介いたします。

日浅さんも解雇された日系人の一人。1月協会の就職支援教室に勉強へ来られてから、熱心に学習し、自ら積極的にボランティア活動を参加してきました。日本語が話せるため、色んなところでボランティア通訳としても助けていただいています。今月がら運営委員会の外国人支援事業グループの副部長の役割も引き受けていただきました。優しくて、いつも笑顔で人と接触していて、みなに好かれたいい人です。
日浅さんの国籍は日本です。
日浅さん心の思いを聞いて欲しいと思います。

僕が5歳で弟が3歳の時、お父さんとお母さん達でブラジルへ行きました。
その当時の日本の思いでは、歌でした。
お父さんが沢山レコードを持って行ったので、度々聞いていました。
よく聞いていた歌は「ハトぽっぽ」「うさぎとかめ」「うらしま太郎」「かもめのすいへいさん」等でした。
その当時は、お父さんやお母さんが度々日本へ帰ると言っていました。
でも7年程たったある日、お母さんが日本からのお手紙を読んで、泣きながらおばあちゃんが亡くなったと言って、その後もう日本へ帰る目的がなくなったと告げられました。
でも、僕の心の中ではいつか日本へ帰らせてあげたいと思っていました。
そして、22年後に2か月半程遊びに帰らせてあげました。
僕は、心の中でいつか自分も帰ってみたいと思っていました。
僕が、小さい時からお父さん達によく言われていたことは「日本は綺麗な国です」
「日本人は真面目でよく働く人達です」
季節のかわりめもはっきりして素晴らしいと言われていました。
僕は、3人立派な子供がいます。大学を卒業して、働いているので
僕は昔の夢を実現するために3年半前に日本へやって来ました。
一番の目的は日本で5年程度働いて、家族を1か月位日本へ連れてきて
僕の生まれた国を見せてあげたいと思って来ました。
でも、去年の12月に仕事をくびになってしまいました。
家族に、会えずに寂しい思いしていたが、自分よりも大変な思いをしている人を助けたいと思った時に国際協会に出会いました。
そして立派な人達に出会うことが出来、人を助けたいという気持ちがさらに、大きくなりました。でも、僕が仕事をやめてもう半年が経ちましたが、まだ新しい仕事が見つからず
これから先も見つかる可能性はすごく少ないと自分で感じています。
そしてそれは、家族に一番見せてあげたかった自分の、故郷と雪を見せてあげられる可能性が減ってしまうということでもあるから悔しいです。
日本が、少しでも早く元に戻ることを願います。

                日浅 恵造




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2009年06月18日

冬きたりなば、春とうからじ

交流会での外国人日本語スピーチを一つ皆様に紹介したい。
小泉たけしさんのスピーチですが、当日、本人が仕事の都合で交流会に出られないので、ボランティアスタッフの渋谷チカオさんに代読していただきました。
以下は小泉さんのスピーチです。
iconN12みなさん、私の名前はたけしです。私は湖南市国際協会就職支援教室最初の生徒です。皆さんに伝えたいことがあります。私は就職ができました。以前、私は派遣会社から石部のある会社で働いていました。沢山の人と同じように私もこの経済不況の影響で解雇されました。それから私は行き場を失いました。

日本語も分から、特別な資格も持っていない、日本ではもう就職できない、これからどうしたらいいのか、と思い悩みました。失業者の私はどうやって4人の子持ちの大家族を養うのか本当に日々なやみました。そして、わたしはみなさんと同じことを思いつきました、もっと日本語を身に付ければ、いい仕事が見つけられるはず、この発想がとっても良かったのです。

そこで、湖南市国際協会を尋ね、事務局長の大嶋さんと出会いました、大嶋さんが協会で就職支援を始めると聞いて、私は、友達を誘って教室に通いはじめました。多分私達がこの教室での最初の生徒だと思います。さいしょから、日本語の分からない私たちを、ボランティアの先生たちができる限り、私たちの要望に応じながら指導をしてくれました。それが不安の中の支えでした。それから毎週火曜日と金曜日わたしは、教室に通い、次から次へ新しい言葉を身につけていきました。


そして、二ヶ月間のアルバイトの仕事が入りました。この仕事は私にとって人生の中で、自分の力で最初に手に入れた仕事であり、とっても嬉しかったです。そのアルバイト中、わたしは協会の教室は行けなかったけれど、自宅で勉強を続けていました。二ヵ月後アルバイトの仕事がなくなり、またも失業で仕事探しを始めることになりました。それからは、火曜日、金曜日と土曜日は教室に通いながらほかの日には、ハローワークや面接などの就職活動の日々を送っていました。暇さえあれば自宅でも勉強をしていました。

自分の日本語力が段々良くなっていくのを実感し、それが自信と勇気につながりました。そして、ハローワークを通さずにちょくせつ会社へ面接にも行きました。自分の言葉で自分の思いが相手に伝わっていたことに気づいたのです。

今月、ハローワークのしょうかいで、ある会社への面接がきまりました。いままで、私はあまりがいかんを気にせずに、ふだんより、ちょっとましなかっこうでめんせつに行っていました。しかし、今回は国際協会のボランティアのせんせい達から面接時の服装やことば使いなどのアドバイスをうけて、その通りに面接へいきました。面接のために、わたしはちょっと安いスーツを買いました。

わたしは失業をしている間に、フォークリフトの資格を取りました。まさかそんなにはやくその資格をつかうことになるとは思いませんでした。あたらしい仕事はフォークリフトを使うのがメインです。 緊張のあまり、面接中に、下着が濡れるほど汗をかきました。そして、結果は、正社員としての採用がきまり、次の週から仕事がはじまることとなりました。

火曜と金曜は協会に通うことができなくなりましたが、土曜日の教室はなるべく出席したいと思っております。

これは昨年、12月失業してから今年の6月現在までの、わたしのできごとです。わたしがみなさんに伝えたいことは、ことわざにもあります「ふゆきたりなば、はるとうからじ」、そのいみは、寒くてつらい冬のあとには、暖かい春がやってくる。今はたとえつらく苦しくても、やがて明るく幸せな時はやってくるということです。げんざいの不況、いつかはよくなるとしんじています。

わたしは自慢するほどの頑張り屋ではありません。でも少しの努力とコクサイ協会(きょうかい)のみなさんのアドバイスで大きな力を得ることができました。
この不況から立ち上がることができると信じています。そのためには、日本語の学習が必要だと思います。

以前は勉強しなくても、派遣会社がなんでも面倒みてくれていました。そんな時代はもう終わり、いろんな知識を身につけることが必要となっています。ですから、みなさんもがんばって、勉強して、成功してほしいとおもいます。


現在国際協会となんらかのつながりを持っている人に伝えたい、この大切なつながりをけっしてむだにしないでください。世の中、湖南市国際協会のボランティアのような人たちは少ないです。わたしもすこし努力しましたが、今日のせいこうはボランティアの先生、みなさんのおかげです。
ことしの1月、大嶋さんとであったときには、通訳を通じて会話をかわしていました。当時、カタカナ、ひらがなは少ししかできなかったわたし、派遣会社なしで、どうやって仕事をみつけるのか、とっても悩みました。

5ヶ月すぎた今では、だいたい一人で会話をすることができるようになり、漢字も小学校二年生くらいのレベルになりました。そして、めんせつを一人でうけにいくことができるようになり、日本のかいしゃに勤めることができました。
みなさん、成功はできます。あきらめないでください。

こいずみ たけし



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2009年06月17日

2009年度の総会

親愛なKIAの仲間の皆様、こんばんは
久しぶりにブログを更新します。

この2,3週間、通常の業務をしながら総会と交流会の準備も同時進行で、緊張感とプレッシャーのなかで中々ブログ書く余裕がなかったです。3回目なのに、今まで以上に緊張感を抱えながら6月14日の総会に臨んだ。なんとか総会の議案を全て通りましたが、交流会の準備不足を兼ねて、色んな失敗があったもので、その余韻が今も残っていて、スッキリいたしません。
市長から協会事業の進み方について褒めのお言葉をいただき、それがせめてのこころの癒しです。
幸いに、ボランティアスタッフの皆様が懸命に動いていただいたお蔭で、なんとか無事に終ることができました。
スタッフの皆様、ありがとう。皆さんが不満を思っていること、私も心苦しく受止めっております。失敗を反省し、来年はきっといい形でいかせるでしょう。
交流会の最後に、3名の外国人の日本語スピーチの時、会場に残った日本人はスタッフばかり、この3人のスピーチは出演のメインメニューなのに、もっと沢山の人に聞いてほしかった。
新しい会長園田英次さんの存在感は大きい。最後の最後まで会場にいて支えてくれて、頼もしい方です。総会が終わってこそ新年度が始まり、今後新会長の下で、会員の皆さん、ボランティアスタッフの皆さん、事務局全員が志一つで、新年度を切り拓いて行くように、心から願います。
総会に関わった全ての人に感謝ばら


Posted by KIA事務局 at 19:32 Comments( 0 ) TrackBack( 0 )

2009年05月22日

先生は優しいお母さんみたいに

新型インフルエンザ拡大をできる限り抑制するため、滋賀県から湖南市に対し、学校、園等の休業等の要請があったため、26日まで協会の予定していた行事を中止または延期となりました。

日本語教室生徒さんの数が多くって、中々連絡が取れない方もいて、一日作業でなんとか落ち着きました。

今のところ、土曜、水曜両方の教室とも受付を終わったあと、学習の様子を見させていただいています。生徒さん達は真剣に学ぶですが、先生達はそれ以上に一所懸命指導を行っています。

生徒の間に、とっても評判のいい先生がいます。私も石部教室で見学をさせて頂きました。本当に分かりやすくて、優しくて、楽しくって、凄く勉強になります。「先生は優しいお母さんのように、心で教えてくれた、だから、日本語早く覚えた」とボランティア希望で事務局に来られた数年前先生の教え子が語っていました。心の温まる話しです。

湖南市国際協会はこの様な温かい先生と優秀な生徒が増えていくように活動に尽力したいの気持ちがいっぱいとなったわたしです。



Posted by KIA事務局 at 15:27 Comments( 0 ) TrackBack( 0 )
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