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2009年06月23日

僕の生まれた故郷を家族に見せてあげたい

交流会の二つ目のスピーチを紹介いたします。

日浅さんも解雇された日系人の一人。1月協会の就職支援教室に勉強へ来られてから、熱心に学習し、自ら積極的にボランティア活動を参加してきました。日本語が話せるため、色んなところでボランティア通訳としても助けていただいています。今月がら運営委員会の外国人支援事業グループの副部長の役割も引き受けていただきました。優しくて、いつも笑顔で人と接触していて、みなに好かれたいい人です。
日浅さんの国籍は日本です。
日浅さん心の思いを聞いて欲しいと思います。

僕が5歳で弟が3歳の時、お父さんとお母さん達でブラジルへ行きました。
その当時の日本の思いでは、歌でした。
お父さんが沢山レコードを持って行ったので、度々聞いていました。
よく聞いていた歌は「ハトぽっぽ」「うさぎとかめ」「うらしま太郎」「かもめのすいへいさん」等でした。
その当時は、お父さんやお母さんが度々日本へ帰ると言っていました。
でも7年程たったある日、お母さんが日本からのお手紙を読んで、泣きながらおばあちゃんが亡くなったと言って、その後もう日本へ帰る目的がなくなったと告げられました。
でも、僕の心の中ではいつか日本へ帰らせてあげたいと思っていました。
そして、22年後に2か月半程遊びに帰らせてあげました。
僕は、心の中でいつか自分も帰ってみたいと思っていました。
僕が、小さい時からお父さん達によく言われていたことは「日本は綺麗な国です」
「日本人は真面目でよく働く人達です」
季節のかわりめもはっきりして素晴らしいと言われていました。
僕は、3人立派な子供がいます。大学を卒業して、働いているので
僕は昔の夢を実現するために3年半前に日本へやって来ました。
一番の目的は日本で5年程度働いて、家族を1か月位日本へ連れてきて
僕の生まれた国を見せてあげたいと思って来ました。
でも、去年の12月に仕事をくびになってしまいました。
家族に、会えずに寂しい思いしていたが、自分よりも大変な思いをしている人を助けたいと思った時に国際協会に出会いました。
そして立派な人達に出会うことが出来、人を助けたいという気持ちがさらに、大きくなりました。でも、僕が仕事をやめてもう半年が経ちましたが、まだ新しい仕事が見つからず
これから先も見つかる可能性はすごく少ないと自分で感じています。
そしてそれは、家族に一番見せてあげたかった自分の、故郷と雪を見せてあげられる可能性が減ってしまうということでもあるから悔しいです。
日本が、少しでも早く元に戻ることを願います。

                日浅 恵造

Posted by KIA事務局 at 18:57 │Comments( 0 )
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